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シンクタンク

筆者について

モーマス(Momus)

www.imomus.com*

モーマスことニック・カリー(Momus/aka Nick Currie)氏は、Index、Vice、Metropolis、AIGA Voice、Wired Newsといった雑誌向けに、デザインなどをテーマとした執筆活動を行っています。多作のミュージシャン兼プロデューサーとしても知られ、これまでに20作を超えるアルバムをリリースしています。

リソース

Webリンク

マーク・ボイル(Mark Boyle)*
UVA(United Visual Artists)*
ザ・ライト・サージョンズ(The Light Surgeons)*
コールドカット:ニンジャ・チューン(Coldcut, Ninjatune)*
マンブルボーイ(Mumbleboy)*
ルシッドハウス(Lucidhouse)*
マイクロチャンク(Microchunk)*
ララトーン(Lullatone)*
ゴラン・レビン(Golan Levin)*

このシリーズについて

コラボレーションシリーズ

デザインは今、様々な分野が忙しく交錯する中で制作されるようになっています。 このシリーズでは、デザイナーとツールの関係や、アニメーション・映像・パフォーマンスを駆使する新しいタイプのデザイナーの出現について検証し、コラボレーションとは何か、コラボレーションのネットワーク形態やパターンはどういったものかを見ていきます。

VJカルチャー

デザインがステージの主役

今の時代、どこの誰でも他の誰かと一緒に仕事をしています。ビジネス雑誌のほとんどが何か頼りになりそうなことを言い出せば、誰もがせっせとそれに精を出す。私たちはみんな、つながっていたいのです。先行きどうなるか分からない中、私たちは多くの時間を仕事に費やしています。何か安心できる材料が欲しいし、楽しみだって欲しい。会社の中ではある程度の独立性を確保しながら働きたい。仕事は自分でしたいけれど、その負荷は他の人とも分担したい。だから、仲間と一緒に働くのです。

金曜の深夜をとうに過ぎた東ベルリン。かつてロシア軍司令官の社交場だったCafe Moskauの地下フロア。今はプログレッシブハウスミュージックのレーベルWMFが開く人気のクラブです。大勢が踊るフロアの壁に躍動する幻想的な映像は、構造的なパターンから自然界の木々に変貌したかと思うと溢れる色彩へと溶けていきます。イメージは音に合わせて動き、重なり、揺らめく。女性がひとり、DJブースの脇に身をかがめている。何台ものラップトップやDVDプレーヤー、モニタ、ミキシングボードに囲まれた彼女は、ラッキーストライクの煙が濛々とたち込める中、キーボードでコマンドを打ち込み、ミキサーのスライドを動かし、ダンサーたちに向けられたライブカメラの接続をチェックします。彼女の名はリー・ハース。フローラ&ファウナ・ビジョンのメンバーとして活動する新種のビジュアルパフォーマー。映像クリエイターであり、デザイナーであり、パフォーマーでもある、つまりVJです。

図1.フローラ&ファウナ・ビジョンのリー・ハースがMoto Centerで行ったビジュアルパフォーマンス

カメラオブスクラ
VJを映写技師の系譜で考えると、遠くアリストテレスにまで遡ることになります。暗い部屋に小さな穴から差し込む光によって、部屋の壁に外界の風景が映し出されるというカメラオブスクラの仕組みをアリストテレスが初めて記したのは、今から2000年以上も昔のことです。 VJをデジタル映写技師としてとらえ、ビジュアル的な刺激でカルチャーイベントを演出するという役割を考えるなら、その先駆者はエルウィン・ピスカートアのような人物でしょう。1920年、ドイツのワイマールで上演されたベルトルト・ブレヒトの叙事演劇で、ピスカートアは過激なスライドや映像を使って舞台にニュース映画のドキュメンタリー的感性を取り入れました。ただ、今のVJたちがもっと直接的な影響を受けたのは、ロックンロール全盛期をサイケデリックなビジュアル表現で彩った多くの映像パフォーマーたちです。

図2. マーク・ボイル(写真の人物)とジョーン・ヒルズによる音と光のパフォーマンス「ソンエリュミエール」

中でも重要な役割を果たしたのが、1960年代からパイオニアとして活躍し、今年初旬に亡くなったスコットランド人アーティストのマーク・ボイル。1966年12月23日、マーク・ボイルと妻のジョーン・ヒルズは、ロンドンのハイセンスなUFO Clubで「土・空気・火・水のソンエリュミエール」と題した音と光のパフォーマンスを行いました。強力なAldisのプロジェクタを使ってボイルが映写したのは、死の苦しみにもがく昆虫、精液や嘔吐物といった分泌物による造形など、様々な化学反応の拡大映像でした。ボイルに影響を与えたのは、ジョー・キャノンの、LSDによる幻覚世界のビジュアル表現。キャノンは度々「ピンクフロイドの5人目のメンバー」と呼ばれ、プリズムを使って白色光を虹色のスペクトラムに分解するという手法を用いました。ボイルはまた、グスタフ・メツガーの「破壊芸術」にも影響を受けていました。ロンドンでのパフォーマンスの後、ボイルは突如としてロックバンドから引く手あまたとなり、1967 年にはソフトマシーンとジミ・ヘンドリックスのツアーに参加して、彼らの熱狂したサウンドのバックを有機的なサイケデリック映像で彩りました。

図3. マーク・ボイルとジョーン・ヒルズによる音と光のパフォーマンス「ソンエリュミエール」

ボイルがパフォーマンスに用いていた化学反応は予測できる類のものではなく、もちろん音楽に合わせて動かすことなど不可能でした。それでもなぜか常にしっくりくるものがあった、とボイルは語っています。模倣されることを警戒したボイルは、自分の「レシピ」を秘密にして頑なに守っていました。「ロンドンでショーをすると、ライティングパフォーマンスに関わっている他の連中が必ずそこに来ているんだ。彼らは僕が『被害妄想』と噂されているのを知っていて、僕が何か新しいことをやるたびに、こっちを向いて『最高だ!来週までには僕らもやり方をつかんでみせるよ』なんて言うのさ」と、ボイルは話していました。

VJ カルチャーの幕開け
70年代後半になると、クラフトワークやジャン・ミッシェル・ジャールといったアーティストたちが、ライブで目の覚めるようなビジュアルを使い始めます。 ジャールはいつも、ライブ会場の側のビルからメッシュのスクリーンを垂らし、そこにレーザー光線をあてるという方法を用いていましたが、ピラミッドやエッフェル塔にまで映写したこともあります。80年代に入った頃には、音と映像で演出した大規模なライブが流行しました。その当時、多くのライブで革新的なビジュアルが取り入れられましたが、中でも際立っていたのが映画監督のデレック・ジャーマンを起用したペットショップボーイズのライブです。演奏するメンバーの背後に、スーパー8で撮影した映像が映し出されるという趣向でした。また、デペッシュモードとフォトグラファー兼映画監督のアントン・コービンのコラボレーションも見事でした。しかし、今のVJのような、デジタルを駆使した映像を音楽に合わせて表現するという形態ができ始めたのは、1990年代に入ってからです。VJが登場してきた背景には、2つの流れが1つに合流したということがあります。まず、ビデオプロジェクタとマルチメディアコンピュータの性能が向上し、価格も徐々に低下してきました。それと同時に、電子音楽が登場し、DJの活動範囲が広がる中で、華やかなロックバンドに代わって1人のDJがターンテーブルを回すという場面が増え、見た目の地味さを補うビジュアルが求められるようになりました。

VJたちのヒーロー
最初に大人気を博したVJチームのひとつに、クリス・アレンとアンディ・フライホイールがロンドンで結成したザ・ライト・サージョンズがあります。 1995年以来、ザ・ライト・サージョンズはスニーカーピンプス、プロペラヘッズ、ハーバライザーといったアーティストたちのツアーでビジュアルを担当しています。過剰なまでにメディアを駆使するのが、ザ・ライト・サージョンズのスタイルです。映像を細かく編集し、高層ビル群や高速道路、道端のアーティスト、揺らめくネオンの光といったイメージをいくつも重ね合わせ、挑発的なコラージュに作り上げます。彼らの活動は今やアートとパブリッシングの領域にまで発展しています。デザイナーのロン・アラドとのコラボレーションでインスタレーションを制作し、1999年にロンドンのICA(現代美術センター)で開催されたグループ展「Stealing Beauty」でも作品を発表しました。最近では彼らのビジュアル作品を収録したDVDが日本のGASBOOKから発売されました。

図4.マッシブ・アタックのライブでUVAが行ったビジュアルパフォーマンス

しかし充足と完成に行き着いたものは、やがて普遍性を帯びたあいまいな揺らめきへと昇華することがあります。ロンドンを拠点とするもうひとつのチームUVA(United Visual Artists)は、U2、カイリー・ミノーグ、オアシス、マッシブ・アタック、ベースメントジャックスといった面々とのコラボレーションでよく知られる集団で、細部までコントロールされたビジュアルアプローチを行っています。2005年のU2「ヴァーティゴ」ツアーで、UVAとショーデザイナーのウィリー・ウィリアムスは、プログラミング可能な「LEDカーテン」を使用しました。このカーテンがデジタルの巨大な滝のようにバンドの背後できらめき、その上に設置されたワイドスクリーンには4つに分割された大画面にメンバーのクローズアップが映し出されます。カーテンはBarco社が 特別に製造しているMiSPHEREという豆球タイプのLEDを、1列の縦糸に64ユニット、横に189列を吊るしたものです。ステージの進行に合わせて高さを調節できます。このカーテンが「滝モード」でないときには、ジュリアン・オーピーとキャサリン・オーウェンの創り出す映像が映し出されます(オーピーの映像は歩く人物をデフォルメしたミニマリスティックなアニメーションです)。MiSPHEREのカーテンは360度の視野角で映像を表示できるため、誰の目からもステージを遮ることなくイメージやパターンを映し出すことができたのです(ステージの正面だけでなく後方にも客席が設置されていたため、360アングルは重要だった)。

図5.UVAによるU2ライブのビジュアルパフォーマンス

VJの教祖
今のVJたちに、誰にインスパイヤされたかと聞いてみると、イギリスを拠点とするコールドカットの名が最初に挙がるでしょう。 コールドカットのマット・ブラックとジョナサン・モアは、DJとVJを同時にこなし、自らの音楽を演奏します。彼らが操るのはシンセサイザー、音楽用ラップトップ、ビデオ用ラップトップ、そしてターンテーブルだ。1997年、バルセロナで「Sonar - アドバンスミュージック&マルチメディアアートフェスティバル」が開催された際、そこに出演するクールカットのために、ロバート・ペッパーレルが特別にビジュアルソフトウェアの開発・カスタマイズを行った。このソフトがベースとなって、1999年にコールドカットのレーベル「ニンジャ・チューン」のWebサイトからVJammが発売されました。VJammは、コールドカットのビデオクリップを使って映像とサウンドを編集できるサンプリングソフトです。例えば彼らの「ティンバー」という曲では、斧、チェーンソー、ブルドーザーなど、テーマにマッチしたビデオクリップが使われています。チェーンソーでソロまで演奏していますが、これもビデオスクラッチのみで作られたものです。

コールドカットの辿ってきた道は、VJパフォーマンスの進化の歴史そのものです。1990年、コールドカットのモアとブラックは、映像グラフィックアーティストチームであるハードワイヤー(メンバーはロバート・ペッパーレルとマイルス・ビスマン)と組み、CD-ROMやビデオ、コンピュータゲーム、クラブ向けのビジュアルやインタラクティブなミキシングの研究・開発を行うラボとして、Hexを結成しました。このコラボレーションの成果として最初に発表されたのは、1990年の「Coldcut's Christmas Break」。このポップビデオは、全編がAmiga、Archimedes、Macintoshのホームコンピュータで制作されました。この年にはコールドカットのアルバム「Some Like It Cold」用に長編ビデオもリリースしました。1993年に発売されたCDIの「Escape」(テクノサウンドとインタラクティブなビジュアルをミックス。ユーザはCDIジョイスティックでこのビジュアルを操作できる)は、「ホーム・ナイトクラブ」といったコンセプトで制作され、コンピュータゲームと音楽、ライティングパフォーマンスがひとつになった作品です。その後、ヨガのポーズを取る人物の動画とサンスクリット語のチャント、仏教のチャクラを使ったカラーセラピーを収録した、いかにもニューエイジ的なCD-ROM「Digital Love」に続き、Hexはフラクタルを使用して、曲を再生するたびに新しい風景が映し出されるCD-ROMの「AntiStatic」、「headCrash」、「Let Us Play」を発表しました。

ソフトとハードに関するQ&A
アイルランド人VJのバリー・カレン(ドッジーステレオのメンバー)は、ライブイベントのビジュアルパフォーマーとして10年以上の経験を持っています。 彼のキャリアの中に、進化を遂げてきたテクノロジの奇跡を見ることができます。最初カレンは、自分が所属していたバンドで当たり前に使っていたステージ照明の代わりに、静止画のスライドを取り入れることからスタートしました。そのスライドには、「R. Crumb's Zap」といったアンダーグラウンドなコミックの画像を使っていました。その後カレンはスーパー8の映像とループを取り入れるようになります。最初の頃は自分で実験的に制作した照明など短いものを撮影していましたが、やがてロゴなどの完成素材を使ってストップモーションの制作を始めます。彼が手本にしたと言うレン・レイのテクニックは、フィルムに直接ペイントやスクラッチをほどこし、さらに台所で漂白剤やカレーを使ってユニークな効果を生み出すというものでした。「ループは随分かっこよく見えるようになったし、イベントの夜になってオリジナルのループを作ることもできるようになった」とカレンは振り返ります。「16ミリにも手を出そうとしたけど、年代物の機材はあてにならなくてストレスが溜まったよ(ほとんどの機材は廃物置き場やゴミ箱やリサイクルショップで見つけたものでした)。ただでさえ脆いフィルムが絡まってしまって最悪でした。それ以来、デュアルビデオをデジタルプロジェクタにつないでVJするか、用意しておいた『コンピュレーションテープ』セットを使うようにしています」。現在カレンがPCで使っているソフトはResolumeです。用意しておいたスーパー8のフッテージやビデオコレクション、それにカメラのライブ映像やFlashアニメーションも、このソフトで扱うことができます。さらにResolumeには、コントロール可能なスクリーンセーバーの生成アルゴリズムのような基本機能も搭載されています。

ベルリンを拠点に活動するVJユニット、フローラ&ファウナ・ビジョンのリー・ハースに聞いてみると、今のVJが揃えている機材は、ラップトップ3台、DVDプレーヤー2台、パナソニックのMX-50ビデオミキサー2台、モニタ4台、ライブカメラ1台、そしてラッキーストライク2パックが基本だそうです。 ではその他に、今のVJたちは、どんなソフトウェアやハードウェアを使っているのでしょうか?

図6.モーマスのビデオ用にマンブルボーイが制作したアニメーション

ベルリンで活動するスペイン人の若手VJマリオ・カンポスはArkaosを使っていますが、その理由を彼は「僕が使っている地味なラップトップのRAMを最大限に活用できて、クリップの処理速度が落ちないから」と説明します。オレゴン州ポートランドを拠点とするE-Rockは、いつも活動を共にするマンブルボーイのために、ミッキー・エレファントのカール・アッカーマンがカスタマイズしたFlashインタフェイスを使用しています。「普通の人には特殊すぎるだろうけど、僕らのスタイルに完璧にマッチするように作られている」とE-Rockは話します。「僕やマンブルボーイが作ったFlashのループを、僕が何百本もミックスするんだ」。マンブルボーイ(本名キンヤ・ハナダ。アメリカ在住の日本人アーティスト)は、落書き風のイラストやピクセル分解した画像を使い、イマジネーション豊かでウィットに富んだFlashアニメーションを制作しています。そのマンブルボーイは、「前はFlashだけを使っていた」と話します。「今はAfter Effectsでビデオを作って、ループを全部つなげたQuicktimeムービーにして、それからDVDプレーヤーも使うし、ビデオミキサーも使って、FlashとQuicktimeのムービーをミックスするんです。ビデオカメラを立てて、紙のスケッチブックに絵を描きながらビデオで撮って、それをミックスすることもあります。After Effectsは使っていて本当に楽しいよ。僕の普段のスタイルとは違って見える。今はFlashファイルをAfter Effectsに取り込んでるんだけど、そうするといろんなことができるんです。Flashで作ったエレメントにブラーをかけたりね。それってFlashだけじゃできないよ。それに、Flashファイルでピクセル素材も使えるし。だから、ずっとダイナミックなものが作れるんだ。」

ちょっとしたプログラミング経験のあるVJなら、Cycling '74から発売されているMax/MSPのようなモジュールオブジェクト指向型ツールは柔軟性が高く使いやすい(Maxプログラミングが使えるJitterやCyclopsは、VJ御用達のツールだ)。オブジェクト指向型プログラムのMax/MSPを使えば、同期されている任意のオブジェクトや、コンピュータが認識可能な機器をコントロールできます。音と映像をすべて同時に構成してコントロールできるので、マルチメディアのプロには理想的です。その一方で、複雑なプログラミングをマスターするという険しい道を避けて通る、モーリス・ラ・マンチャ*のようなVJもいます。 「ソフトだとかハードだとか、そういうものには別にこだわらない」と言うラ・マンチャ。「やりたいことをやれるツールなら、それで満足さ」。コンパクトでシンプルであることの方が大事、と彼は言います。VJ用にはResolumeを使っているラ・マンチャだですが、画像やクリップの制作に使うのはAfter Effects、Flash、 Photoshop、そしてデジカメとスキャナ。ライブで使うセットはシンプル&イージー。だからその場で音楽の雰囲気やニュアンス、ペースにも反射的に対応できるのです。彼はこうも語っています。「DJのエゴってやつに、僕は身をゆだねてるわけじゃないんでね。だからDJブースにもカメラは置かない。完全にスクリーンのスペースの無駄づかいだよ。黒い皿を回してる誰かの手をスクリーンに映すなんて。ビジュアル的に、何もおもしろくないんだから」。ハースも、テクノマニア的なVJのあり方を敬遠するひとりです。「私は自分の頭の中で起こっていることに集中したいの。自分が知ってるソフトをどう使って、満足のいくものを作れるかってことに。ビデオミキサーとしては、今のところラップトップにVDMXかGridだけを積んで使ってるわ。」

オール・ザット・ジャズ
では、インプロバイザーとしてのVJの役割とは何か? どうやって音楽やクラブの雰囲気にその場その場で対応しているのか?この点について、ハースがおもしろい例えをしています。「VJのパフォーマンスは、映画に例えるのが一番わかりやすいと思うの。撮影とプリマスタリング、ラフ版の編集が終わっている状態で、そこから完成版フィルムを作るのがVJの仕事。満員の観客の目の前で、仕上がったサウンドミックスを初めて聴きながらね。それって…」と言った後に、「すごく大変なこと」と彼女は付け足しましたが、それは聞かなくても十分に想像できます。何となくスローに始まったライブも、クラブに人が増え、音楽もボリュームが上がってヒートアップするにつれ、VJもペースを上げていきます。ですが、あらかじめ用意しておいた素材がその場の雰囲気やビートにぴったりはまるようなことがあれば、それは一種の芸術作品に等しい。VJ経験の浅いマリオ・カンポスは、「自分の用意したものをライブに合わせるのは本当に難しいと思うことがある」と話します。「サイケでトランスっぽいものを用意していると、クラブがロックンロール一色になったりする。そういうことは実際しょっちゅう起こるんだ。その雰囲気に合わせるなんて絶対むりだと分かっていても、ひたすら6時間もやり続けないといけない。どんな雰囲気や音楽にもマッチするようなアニメーションのアーカイブを作ろうと思ってしばらく頑張ったけど、途中で一貫性も自分のエネルギーも消えうせちゃったよ。」

一方E-Rockは、準備万端で安心してライブに挑んでいるといいます。「リアルタイムでデザインすることはまずないね。用意しておいたFlashファイルも、ライブの場でコンポジットしたりコラージュすることはない」と彼は言うが、ライブには常にある程度の即興性がつきまとう。「VJのパフォーマンスには、何をやってもいいっていうようなところがあるんだ。マンブルボーイがすごくクールなことをやっていてね。その場で人の絵を描きながら、それを撮影してVJのセットにミックスするんだ。先月それをAIGAの二次会でやったんだけど、すごくうまくいったよ。」

図7.ララトーンのメンバー、ショーン・ジェームス・シーモアによるパフォーマンス

未来のデザイン
VJのアンブローズ・ホワイトは、初心者VJにありがちなミスを2つ挙げています。 「1つ目は、用意している映像が少なすぎるということ。同じようなループが何度も出てきて、進展がなくなってしまうんだ。それから2つ目は、ストーリーの一貫性や意義を表現できていないということだ。VJはどうでもいいようなものをいじくりまわして何時間でもステージを続けられるし、それはそれで楽しいかも知れないけど、観客の目からすると完全に失敗ということも多い。VJの仕事は、一貫性と関連性があっておもしろいものを創り出すことなのに、実際は10種類かそこらのクリップが繰り返されるだけで終わってしまうこともよくあるんだ。」

ではVJの未来には何が待ち受けているのでしょうか?トップVJたちが今やっていることは?また、クリエイティブツールに対して今のVJは何を期待しているのでしょうか?

UCE Birminghamでマルチメディアデザイナーを務めるロバート・シャールはこう語ります。「当社のビジュアル化リサーチ部門では、人体の動きをキャプチャし、その情報によってAVコンテンツをコントロールするという研究を進めています。すでに装着用のMIDIスーツで、エアギターのパフォーマンスに音を合わせることができるようになっています(これに合うソフトウェアとしてはAbleton Liveが有力です)。嬉しいことに、AppleのMotionにモーショングラフィックス用のMIDIコントロールが搭載されたことで、可能性が広がりました。OS X Tigerに搭載されているQuartz ComposerでMIDIコントロールが可能になったことは、もっと嬉しいですね。人体の動きをキャプチャしたMIDI情報と、FlickrのフィードやGoogleイメージ検索から入手したランダムな画像をリミックスする方法についても、いま当社で(他者と協力して)開発を進めています。」

2004年4月、ゴラン・レビンとザッカリー・リーバーマンは、パフォーマーが何か透明なものやOHPのガラス板の上で手を動かすと、その輪郭の動きを読み取ってグラフィックとサウンドを同期させられるというソフトウェアを開発しました。 同期されたグラフィックやサウンドと一緒に、有機的に動く手のシルエットもアナログで映し出すことで、レビンとリーバーマンが「巨大な影が現実の映像や音を操る魔法」と言うようなパフォーマンスが実現しました。

一方、主にニューヨークで活動するミュージシャン、o.blaatことケイコ・ウエニシのように、テクノロジを追求するのではなく、社会的ネットワークを新たな形に発展させようとしている人もいます。ウエニシがこの5年間続けているイベント「Share」では、クラブ(セントマークスプレースにあるバーの奥の部屋や、ベルリンの「Transmediale」フェスティバル)にラップトップを操るミュージシャンとVJが大勢集まり、AVミキサーにつないで即興のジャムセッションを行います。また、マーケティングの分野でも新しい動きが進行中で、音楽レーベルがVJミックスのDVDパッケージを売り出すというトレンドも生まれています。GASBOOKのようなグラフィックデザインブックの発売元からは、VJ作品のDVDリリースも開始され、イギリスのWarpをはじめとする音楽レーベルでもこれが重要なサイドビジネスになっています。しかし、新しく出てきたものの上に、また新たなものを積み重ねることで、いったいどこへ行き着くのでしょう?コールドカットのショーでの経験から、キース・ジラルドはこう語ります。「僕は目を閉じて、そのうち部屋も出てしまった。すさまじいビジュアルにのみ込まれずに、ただ音楽を聴くには、そうするしかなかったんだ」。ジラルドは、ビジュアル的な刺激がなくても音楽を楽しめる感覚を、「安全装置」として持っておくべきだと考えています。