レタッチを単なる修正ではなく、高度にクリエイティブな表現領域として捉え、マス広告のビジュアル制作に多大な影響を与えているフォートン株式会社。
日本のレタッチャーの草分け的存在として知られる西山慧さんは、デジタル写真がまだ黎明期だった80年代から日本のデジタルイメージングの進歩を第一線で支えてきた。ハイエンドのレタッチャーは、Photoshop CS5の進化をどのように評価しているのだろうか。
デジタルイメージングに携わったきっかけは?―
元々は甲斐彰の事務所で、雑誌や広告のためにエアブラシを使用してイラストレーションを描いていましたが、「やがて写真は進化する」と確信を持っていた甲斐に誘われてフォートンの創業に参加しました。
ところが入力から出力まで、デジタル写真の機材をシステムで揃えると億単位の投資になることが判明。周囲はまだアナログ全盛の時代で「デジタル写真」といっても誰もわかってくれませんでした。
それでも甲斐の熱意が通じたのか、協力してくれるスポンサーと銀行が出現。一緒に作品を制作した写真家たちが、デジタルの表現力に魅了されてお客さんを連れてきてくれました。当初は電線消しやソラリゼーションの依頼もありましたが、すぐに高度な要望が増え、常にテクニックの限界を要求される年月が続きました。
レタッチャーの役割とは?―
私はレタッチャーの草分けなどと呼ばれていますが、いまだにレタッチャーという狭義の肩書きが嫌いなんです。旧式のタブレットでスタイラスペンを握り過ぎて腱鞘炎になりながら、「この手作業が本分ではないのだ」と言い聞かせてきました。
やるべきことはモノ作りであり、レタッチの技術はあくまで表現のための手段。そんな思いが通じたのか、現在はレタッチャーが撮影台本を作るケースも増え、最終的なビジュアルの完成度を決めるクリエイティビティーが求められています。一流ブランドの個性に合わせて絵作りをするノウハウを、フォートンのスタッフたちも体得してきました。
ここ20年のデジタルイメージングの変遷は?―
機材の面で見れば、1億円から数十万円に至るコストダウンの歴史。かつての高価な画像処理専用機は再訂正作業が大変で、ポジフィルムの出力にも時間がかかりました。今思えば、ギブスをつけて歩いているような不自由さです。
2000年頃から順次Photoshopに切り替えていったのですが、その便利さと低コストの恩恵は計り知れません。1台数千万円もする高価な機材を、会社に導入するのは数台が限度。それでは仕事が回せないし、人材が育ちません。Photoshopのおかげで、クリエイティブな人材をどんどん育てられるようになり、世間でもレタッチという言葉が一般に通じるようになりました。現代の写真文化がPhotoshopから受けた影響は絶大です。
独自の作品制作を始めた理由は?―
フォートンは創業以来、写真表現の進化に貢献するということを会社の使命としています。約15年に渡って広告写真の仕事をしてきましたが、その当時、広告写真の世界はひとまずやりつくした感がありました。
また社内にも優秀なレタッチャーが育ってきたので、2002年頃から広告の仕事を後進に譲って、次のテーマである絵画や3DCGと融合する新たな領域の作品制作に取り組んでいます。
甲斐が写真を撮影し、イメージしたビジュアルを、色や造型の提案をしながら作りこんでいくのが私の役割なのですが、受賞するのがフォトグラファーだけというのがちょっと不満(笑)。今年、甲斐は英国の出版社からでる「コンプリート・フォトグラファー」という書籍で、世界の20人のフォトグラファーの1人に選ばれました。
日本では「現代の琳派」などと評されることが多いのですが、海外では写真表現やファインアートとしての独創性を評価してもらっています。
Photoshop CS5の感想は?―
何の構えもなしに、マスク作成やレタッチ作業に入れる快適さ。とりわけ「境界線を調整」などの進化は驚きです。ビギナーでも簡単にレタッチができるようになり、プロのレタッチャーたちが戦々恐々としているという話も聞きますが、私はそのようには感じません。
レタッチャーの命は、あくまで「目」。作品制作におけるゴールを見失わない限り、作りたいイメージに到達するまでの過程が短くなるほど嬉しいと感じます。既存のノウハウだけで生きていくのは不可能な時代。モノ作りの意識さえしっかり持っていれば、技術の進歩はいつも大歓迎です。
若いレタッチャーへのアドバイスは?―
今のレタッチャーは、最初からPhotoshopが目の前にあることが一種の不幸。「こんな絵を作りたい」と思う前にクライアントから届いたラフを追いかけるのが精一杯です。
だからこそ、最終プリント前の30分間、ひとまず完成した作品を眺めて「本当にこれ以上やれることはないのか」と立ち止まる時間が大切。自分なりの要素をプラスする余地を探していれば、その絵を自分の作品として見ることができるようになります。
自分なりのテイストをオリジナリティーとして育て、独自の意見を出せるようになると、クライアントやADとも1対1の関係が作れるはず。最終的に重要なのは色彩の感覚です。影やグラデーションの色が数%違うだけで絵の品格がでてきます。これが一流と二流を分ける境目になるといえるでしょう。
デジタルフォトの未来は?―
最新式のカメラとPhotoshopがあっても、ビジュアルイメージの本質を見据えていないと「砂漠にビルが建てられる」「電線が消せる」などいったチープな発想しか出てきません。
写真は紙メディアに対して有効な表現形態ですが、最終メディアが紙からデジタルデバイスに移行することで、写真が動き出すのは進化の必然です。私たちも、PremiereやAfter Effectsなどを使って次の表現に進もうとしている最中。
そこでもPhotoshopが持つノウハウが重要な役割を果たすことは確かなので、それぞれの連携をいっそう強めてほしいですね。

北海道大学法学部を卒業後、1988年に甲斐彰氏とともにフォートン株式会社を創業。以来、広告写真を中心とするデジタルイメージングのレタッチを第一線で手がける。2002年から日本広告写真家協会賞を3年連続受賞(甲斐彰氏受賞作)。現在はフォートン株式会社常務取締役として後進の指導にあたりつつ、ファインアート作品「フービズム」の制作や、写真の次の進化のステージである「写真が動く」Motion Photography の開発を通してデジタルイメージングの可能性を追求している。
http://www.foton.jp/







