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子供の頃に、ワクワクと胸を躍らせ毎週の放送を心待ちにしていた「ウルトラマン」。半世紀たった今でもなお、世代を超えて愛されている強くてやさしい巨大なヒーローだ。この作品は、スーツアクターやミニチュアセットなど、特撮映像作品に大きな影響を与え続けてきた日本の特撮黎明期を築いたテレビシリーズといっていいだろう。1966年にシリーズがスタートして以来、アニメーションの『ザ・ウルトラマン/1979年』、ビデオ合成を初めて取り入れた『電光超人グリッドマン/1993年』、CGのウルトラマンが初めてカットの中に登場した劇場公開作品『ウルトラマンゼアス/1996年』といったように、時代の映像スタイルとともに制作スタイルも変化しており、1996年から放映された平成三部作と呼ばれる『ティガ』『ダイナ』『ガイア』は、子供だけでなく大人からの人気も集めた。そして2004年10月、原点回帰をテーマにしながらも現代特撮ヒーローのテイストをふんだんに盛り込んだ斬新なウルトラ新シリーズが始まった。それが『ウルトラマンネクサス』だ。
アクションシーンの一部を板野 一郎氏が監修
今作の『ウルトラマンネクサス』といえば、日本のお家芸的な特撮と、初めて特撮シリーズに参加する板野 一郎氏のコラボレーションを楽しみにしていた方も多いことと思う。板野氏といえば、華麗でスピーディーなメカアクションに偉才を発揮する日本を代表とするアニメーターで、彼が描き出す世界観はいつしか『板野サーカス』と称され、世界に通用する一線級の戦闘シーンが多くの人を魅了し続けている。
板野氏がこの作品に参加したきっかけは、2004年12月18日公開の映画『ULTRAMAN』の監督小中 和哉氏からの依頼だった。「ウルトラマンが劇場になったときに、ぜひ、ジャパニメーションを引率する板野サーカスのスピード感を特撮に持ち込みたい」。そんな小中監督の思いで坂野氏が召喚された。板野氏は、特撮業界は未経験で、それまでは一視聴者として番組を楽しんできたが、特撮映像に対する熱い思いは人一倍強く、「アジアはこれだ!日本はこれだ!というものをハリウッドに突きつけてやりたい」、そんな思いが彼の心を突き動かしたという。
板野氏の肩書は、劇場版では「フライングシーケンスディレクター」、テレビシリーズでは「CGIモーションディレクター」として連ねられており、「ネクサス」では、3DCGの飛行機やミサイルなどの動きや3DCGウルトラマンの演技指導など、CGによるアクションカットを全般に監修している。板野氏は、CGによる飛行機やウルトラマンも「コスモス」や「ゼアス」のころからはずいぶんかっこよく飛んでいると評価しながらも、そこに「ジャパニメーション独特のスピード感」や「100分の1秒詰めるともっと気持ちよくなる」といった独自の表現手法を伝えることに力を注いだ。劇場版では、F-15の空中戦の絵コンテの段階から、ディレクションに近い形で参加したというから、見過ごすわけにはいかないだろう。 |
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