小野田智の「世界の制作会社からコンニチハ!」
イスラエル:INKOD HYPERA
今月号の記事
第6回目は、イスラエルのテルアビブよりお送りします。取材先は「INKOD HYPERA」です。ユダヤ人の誇りと彼らを取り巻く世界情勢の複雑さを感じるインタビューとなりました。
イスラエル/テルアビブ雑感
皆さんはイスラエルと聞いて何を連想しますか? おそらく多くの人が、エルサレム問題やテロのイメージが真っ先に思い浮かぶのではないでしょうか。折しもこの原稿執筆中には、ガザ地区への支援船がイスラエル軍によって拿捕されたというニュースが世界中を駆け巡っています。
しかし、イスラエルにはこんなきな臭いイメージとは全く違う側面もあるのです。今回訪れたテルアビブは美しいビーチと高層ビル群を持つ大都会。かなり多くの軍人が道を歩いており、建物に入る際のセキュリティチェックも厳重なのですが、一般の人々は明るく開放的で笑顔に溢れています。ショッピングセンターに人が集まり、週末にはマーケットが開催されるこの街は他の先進国の都市とほとんど違いがありません。シリアをはじめとする中東諸国でも感じたことですが、ニュースで流れる映像と現地の人たちとの暮らしにはかなり大きな隔たりがあるように思えます。

しっかりと整備された海岸線。テルアビブは地中海沿いの街なので美しいビーチが何ヵ所もあります

イスラエルに入ってまず驚かされたのが紙幣の美しさです。こんなにしっかりと作りこまれた紙幣を見るのは日本以来かも
イスラエル:INKOD HYPERA
今回はテルアビブでWebサイト制作やiPhoneアプリ開発などを行っている、INKOD HYPERAの創業者、Ilan Drayさんにお話を伺ってきました。ノーベル賞受賞者の20%以上がユダヤ人であるというのは有名な話ですが、ユダヤ人はおそらく世界で一番アイデアに溢れビジネスのうまい民族。今回はそんなユダヤ人の誇りと彼らを取り巻く世界情勢の複雑さを感じるインタビューとなりました。

向かって左側の男性がIlanさん
小野田:INKOD HYPERAについて紹介してください。
Ilan:INKODは、Ilan Drayが6年前にテルアビブで興したWebエージェンシーです。数多くのポータルサイトのデザインなど、イスラエルを代表するユーザーインターフェイスデザインの実績があります。ただ、INKOD本来の得意とする事業はスタートアップ向けのWebサイト制作です。イスラエルから多くのスタートアップ企業が生まれているのはご存知ですか? 実はテルアビブは「スタートアップの首都」と呼ばれるくらいに、多くの人たちが日々新しい会社を作り出しています。その数自体はシリコンバレーに及びませんが、密度でいったらこちらの方がより濃いはずです。私たちは彼らと「単なるクライアントと制作者」という関係を越え、より密接なビジネスパートナーとしてクライアント側の立場からデザインやプロジェクト戦略を練るようにしています。
私自身、もともとフランスの出身なのですが、ここでのダイナミズム、新しい動きに惹かれてテルアビブに引っ越してきました。この街はパリや東京といった他の大都市と比べてコンパクトにまとまっているので、身動きがとりやすいのです。他のところだと何人もの人に無駄な根回しをしなくてはいけないことが、ここだとあっという間に実現してしまう。イスラエルには石油はありませんが、たくさんのアイデアとそれらを実現させるエネルギーがあるのです。
小野田:もう少しイスラエルという国のテクノロジーについて教えてもらえますか?
Ilan:実は世界中で使われているテクノロジーには、イスラエル生まれのものがとても多いのですよ。インテルのコアプロセッサーの根幹技術や、グーグルの現在のアルゴリズムもイスラエル生まれです。ICQもイスラエル生まれとしては有名ですね。他にも携帯電話から、医療、環境テクノロジーまでイスラエル生まれのアイデアは多岐にわたります。イスラエル製品の不買運動を起こそうとする人たちもいるのですが、そんなことをしたら彼らは何も最新の製品を使えなくなってしまいますよ(笑)。

オフィス風景。整然としたINKODのオフィス
小野田:INKODの作品を紹介してください。
Ilan:ただ、悲しいことにここで紹介できるのは私たちの作品のごく一部に過ぎないのです。なぜならば、INKODがイスラエルの制作会社だから。世界的にも大きな会社との仕事も数多く手掛けているのですが、多くの場合、彼らクライアントはINKODが制作したと公言することを制限しています。中東世界だけでなくヨーロッパなどにもイスラエルで作られたものを使いたくないと考える人たちはいますからね。なので、これはある意味かなり「謙虚」なポートフォリオと言えるでしょう。
Rummikub
世界中で遊ばれているRummikubというボードゲームのオンライン版です。細かなアイコンのアートワークなどにも傾注しながら制作を進めました。

Canvas
ポスターのオンラインショッピングサイトです。購入者の部屋をシミュレートしながら部屋の雰囲気に合わせてカスタマイズしたポスターをオーダーできます。

Dror Paris Baker
パリ・ダカールラリーに出場した、足に障害を持つイスラエル人のためのスポンサー募集サイトです。ラリーカーにペイントするスペースをサイト上から直接購入することができます。

その他の作品。
小野田:INKODのワークスタイルの中で大切にしているところを教えてください。
Ilan:INKODはその優れたデザインで周りから一目置かれているのですが、実は我々としてはデザインは最重要項目ではないのです。本当に重要なことは、そのプロジェクトの背景をしっかりと読み解くことです。そして我々のサイトの受け手が何を望んでいるのかを考え、戦略を練る。私たちのワークフローでは企画戦略、要求定義、UI設計、そして最後にデザインと続きます。デザインはそのプロセス上の結果に過ぎません。
私自身はこのメソッドを「マーケティングデザイン」と呼んでいます。私たちは何かを美しくするため、魅力的にするためだけにデザインをしているわけではありません。そこから、ユーザーに何かアクションを起こしてもらうことを念頭に置いてデザインをしているのです。最近のユーザーは、何か決まったものを求めてネットを使っています。例えば、安いチケットを買いたかったり、何かの記事を読みたかったりとか。そこで私たちのデザインがほんの少しだけ彼らを助けてあげればいいのです。
あるサイトの案件で、検索ボックスやボタンの文字を極端に大きくしたことがありますが、これもそれが単にカッコいいからやったことではないのです。ユーザーにその検索というアクションをしてほしいからしたまでなのです。外部の人は「これは斬新」と驚きましたが、私たちにとっては何も偶然の発見ではなく、ユーザーのサイト上でのフローを検討した必然の結果です。
ただ、こういったことをしっかりと考えて制作できるデザイナーがなかなか見つからず、これだというスタッフを見つけるまでに4年もかかってしまったんですよ。
小野田:あ、ちょうどいいです。INKODで必要としている人材像について教えてもらえますか?
Ilan:先ほどからお伝えしているように、デザイナーは自分の表現を追求するアーティストではないのです。デザインについて何が求められているかを真剣に考えることができ、その理由を明確にチームのメンバーやクライアントに伝えることのできる人でなくてはいけません。あとは自分のエゴを出さずに周りと協力できる人であることも大切です。デザイナーという人種はエゴの塊のような人が多いのですが、そこを抑えて他の人の意見をしっかりと聞き入れることができないとチームとして働いて行けないですから。

ところで、これはINKODとは何かというものを示したイラストになります。ライオンはインターネットそのものを表し、左側には数学的なコードやデータが並び、右側にはそこから生まれる自由な発想をイメージした模様があります。知識とクリエイティブが一緒になる。それがINKODなのです。
小野田:Adobe製品をどのように活用していますか。
Ilan:スタッフ全員がCreative Suiteを使っていますよ。AdobeがFlashを買収してくれたおかげで仕事がかなりしやすくなりましたね。私個人としてはPhotoshopを一番多く使用しています。ただし、注意しなくてはいけないのはこれらソフトウェアはあくまでもツールなんですよね。カメラや携帯電話と同じで、違いを生み出すのは使う人間のイマジネーションです。次々と発表される新バージョンは、確かに私たちの仕事を簡単にしてくれるかもしれませんが、それをどのように使いこなすかはその人次第です。個人的には昔のバージョン4(CS4ではなく)でも十分に仕事ができますよ。

ホワイトボード。画面遷移か何かの検討中でしょうか?
小野田:INKODの今後のプランやプロジェクトなどがありましたら教えてください。
Ilan:INKODはある意味、若干高級なブティックスタジオで、誰でも気軽に仕事を依頼できるわけではありません。そこで他のパートナー会社と協力して分社のようなものを作ることを検討しています。そこでは今よりはもう少し小さな予算から仕事を受けられるようになるでしょう。また、私個人としてはINKODのデザイン手法やワークフローについてまとめた書籍を出版する予定です。私の頭の中にあるビジョンを外に出すことで、若いデザイナーたちの視野を広げることができればと思っています。

こちらはゲームで使うアイコンをデザイン中とのこと
インタビューを終えて
このインタビューの翌日、Ilanさんが「サトシに本当のテルアビブを教えてあげよう」と自らの運転でテルアビブのナイトライフに連れ出してくれました。当日はちょうどサッカー欧州CL決勝日、DJが大音量でリズムを刻む中、巨大なスクリーンで流れるサッカーの映像とクラブに集まってくる美女たち。ユダヤ教では「安息日」にあたる土曜日だったのですが、テルアビブの若者には全く関係がないようです。現地のお友達を紹介してもらいながら2軒ほどハシゴしてしまいました。みんな笑顔の素敵ないい人たちで戦争やテロといった匂いは微塵も感じることができません。いつの日かこの中東問題が解決して、彼ら一般の人々が変な色眼鏡で見られることがなくなる日が来るといいのですが。

ナイトクラブでの風景。イスラエルは美人が多いんですよね。
建国時に世界中から集まって来たユダヤ教徒の混血だからという説があるのですがどうなのでしょう

最後に1枚だけエルサレムから、嘆きの壁。彼ら軍人が必要とされない日が来てほしいものです
最後に
なんと今回でこのthe Edge newsletterがしばらくのお休みに入ってしまうとのこと。ただ、僕自身の個人的な旅はまだまだ続きますので、興味がある方は下記のプロフィールにあるブログ&Twitterをフォローしていただければと思います。またこの企画もどこかで復活できるといいですね。
小野田智
(おのださとし)
オーストラリアへの語学留学などを挟みながら東京でWebデザイナー/Flashクリエイターとして働くこと数年。2009年末より、長年温めていた世界一周旅行計画をついに実行に移し、現在も旅行中。
twitter : @satoshionoda
blog: ファーストクラス バックパッカー

