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キーンのリーダーシップの下で、ボーンのデザイナー陣はめきめきめと力をつけた。一方の文学者側は、彼がポートランドのセカンド・ストーリー社に仕事をみつけ、そこでトリンブルと出会うまで、待たざるをえなかった。その頃の彼女は「詩の行動派」を自称しており、地元の大学で創作を教えるだけではなく、ときおり友人といっしょにオレンジ色のスーツでドレスアップして「光を浴びた詩人」を装い、バス停や駅で詩を朗読していた。
当初、トリンブルは、誰かに自分の作品をいじられるのにあまり気が進まなかった。だが、試しにやってみて、のめりこむようになった。「他人が自分の作品を解釈するのを目にするのはすばらしいことでした」と彼女はいう。「まるで読者の頭の中をのぞきこむようです。デザイナーが私の作品に手を加えたとき、情緒的、知的に私がどんなリアクションを受けるのかわかるようになりました」
ほどなくして彼女はボーンの編集業務を引き受け、ジェニファー・グロツら、仲間の詩人にも協力を求めるようになった。人材を集めるのは、トリンブルが最初予想していたよりも、はるかに簡単だった。ボーンに寄稿してくれた詩人のほとんど全員が、結局は、その熱心な支持者になり、どのプロジェクトからも、将来を期待させる才能が続々と育っている。
「スティーブ・ダンがかつて言ったように、詩は珍しいものを親しいものに変え、親しいものを珍しいものしてしまう」とボーンに寄稿している高名な詩人、ブルース・スミスはいった。「私にとってボーンでの経験とは、それをあらためて実感したこと、そして自分が書いたものを誰か他人の目でみつめるということでした。私にとって、それはまったく親しいものであると同時に、珍しいものでした。私には天恵といえます」
ボーンは最新版を2001年10月1日に公開しているが、プランはまだまだ目白押しだ。近い将来に非営利組織への転換を図っており、それが実現すれば、設備や出張費などの資金集めが楽になる。現在は、すべてのテーマで聴取者の数を伸ばし続けている。
Adobe.comのシニア・エディター、ジョー・シェプターは、自分の詩集を刊行したいと考えることがよくある。ありがたいことに、誰も賛成してくれはしない
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