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ただし、この会社の共同経営者、ジーン・ナーとピーター・カンが「ストリートファイター」のプレーで出会ったのはまぎれもない事実だ。カンはその少し前に、ニューヨークにやって来たばかりだった。「ぼくはティンバーランドのブーツをはいたプレッピーだった」と、彼は以前をふりかえる。「そして、ジーンは髪を逆立てたイーストビレッジ野郎だったんだ」。 2人はすぐ友達になった。カンはバナナリパブリックでしぶしぶ販売員をしており、ナーもファッション界で気に入らない仕事についていた。彼らはそれらの仕事から逃れるために、しばしばブロードウェイのアーケードで新しい仕事を探していた。そして知り合いの1人がWebサイトの仕事で時給30ドルも稼いでいることを知り、インターネットの世界に飛び込んだ。 「始めた当時は、グラフィックデザインのことなんかなんにも知らなかった」とキョーケンの制作ディレクター、ナーは言う。「しょっちゅうWebデザインを見ていた。TVや印刷のデザインもよく見てたよ。そして不思議に思ったのさ。どうしてWebデザインは他(のメディア)と違うんだろう、って」 初めての大仕事は、ファイン・マガジンと呼ばれるプライベートプロジェクトだった。これをきっかけに彼らは、 カン&リー・アドバタイジング社(Kang & Lee Advertising)の創立者である韓国系アメリカ人、エリオット・カンの注目をひくことになる(ちなみにこのカンは、ピーター・カンとは姓が同じだけで、まったくの他人だ)。カンは、この若者たちにフィフス・アベニューのオフィス・スペースを与えて、ビジネスの技法について専門教育を授けた。やがてキョーケンと名づけられたWebベンチャーが立ち上がった。 この若者たちは良い仕事をし、その評判は広がった。エリオット・カンのような人物が彼らの才能を買っているのだから、なおさらだ。やがてキョーケンはキャノンやルーセントのプロジェクトを引き受けることになる。これが後に、ポップス歌手、ブランディのサイトの制作を引き受けることにつながる。このブランディの仕事をきっかけに、彼らには、エンターテインメント界のクラインアントから続々と依頼が舞い込むことになった。大きな評判になったジェニファー・ロペスのサイトもその例だ(現在ではクライアントが変わっている)。 彼らのスタイルは前例がないほど革新的、創造的だ。主調になっているのは、固定されていないパレットとインパクトの高いグラフィック。映画とTVをモデルにする例もしばしばだが、一方では、ていねいなタイポグラフィとスイス十字が(キョーケンがオフィスを置いていない)スイスのためにリザーブされている。「ぼくらの世代の連中は、テレビゲームで育った」と最高経営責任者(COO)のトニー・リーは言う。「だから、彼らはインターフェイスを理解しているはず、とぼくらはとらえている」 「ほとんどのスタジオは、平均的なユーザをバカだと仮定している」とデイビスは言う。「そしてみんなをバカのままにしておくような方法でデザインしている。ぼくたちがめざすのは、少なくともユーザを教育するサイトをデザインすること」 彼らがデザインした最近のサイトで有名なのは、パフ・ダディの バッドボーイ・レコード社(Badboy Records)のイメージプロジェクトだ。「ページからページへの情報という制約をどうやって乗り越えて、情報のシーケンスを生み出せるか、その方法を考えてみたかったんだ」とナーはいう。「サイトはまず、映画のクレジットによく似た場面から始まる。それから人は中に入るんだ」。このサイトはWeb界に新語を生み出すことまでなしとげている。「ハビング・ユア・バッドボーイ」という言葉は今では、デザインスタジオの長所を存分に発揮できるような、プロジェクトの制作をまかせてくれる最高のクライアントを得る、の意味になっている。 デザインスタジオの最大の秘訣は実をいうと、一流の才能を採用し、確保しておくことだ。「うちのオフィスは遊び場なんだ」とカンはいう。「だから、その雰囲気を変えてしまいたくない」。 最近では、そんな仕事場もまれになってしまった。デイビスのような人材なら、オープン・マーケットでプロ・スポーツマン並の報酬を求めてもおかしくない。しかし、キョーケンは精一杯努力して、彼のような人材を採用し、確保し続けている。ヨーロッパから採用候補者を飛行機で呼び寄せてマンハッタンの高級ホテルに泊まらせようとは、ナーもカンもとうてい思ってはいない。そして、デイビスのような人間にとって、 プレイステーション社(Praystation)やワンス・アポンナ・フォレスト社(Once Upon A Forest)のように、自分が固執している多彩な実験のできるサイトほど刺激になるものはないのだ。どちらのサイトも、最近のFlashフィルムフェスティバルで最高賞を受賞している。 ジーンもピーターも実験の真価を理解しているし、その考え方がバッドボーイのようなキョーケンのプロジェクトに浸透しているんだ」とデイビスは言う。 「ここの環境を守るのにかけて、ぼくは頑固だよ」とカンが語る。「ここに来て働かなきゃならないという感覚を誰かが抱くような瞬間が来たら、そりゃ大問題だ」。別の言葉で言えば、彼は、将来も変化はないと考えているのだ。 実を言うと、たったひとつ、基本的なものが、この2、3年で変わっている。それは、ティンバーランドのブーツをはいてニューヨークにやって来たピーター・カンという名のプレッピーのことだ。「ぼくも髪を逆立てたんだ」と彼は言う。 Adobe.comのシニア・エディター、ジョー・シェプターは、キョーケンでのテレビゲームでは、結局誰1人倒せなかった。 |
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