28歳のヴァレリー・ケイジーはフロッグ・デザイン社の制作ディレクターとして、提携先企業のオフィスでのデジタル・チーム作りを率いている。サンフランシスコ州立大学、CCAC、UCバークレー校、サンフランシスコ市長青年雇用教育プログラムで講師を務めてきた彼女は、Webデザインの受講者に、ユーザがすぐにどこをクリックするかがわかるかどうかだけではなく、それ以上の何かとしてデザインを考えるように指導してきた。今回アドビは、完璧なWebデザイン教育、またすぐれたWebデザインにはなにが必要かについて、彼女に質問してみた。
あなたが学んでいたのは、映画と写真ですね。どうしてWebデザインを手がけることになったのですか?
私のデザインに対する考え方は、それがそのままコミュニケーションだということです。そして、たとえばコンピュータや写真、あるいは複数のメディアの組み合わせでもいいのですが、どんなメディアを使う場合にも、そこに起きるいろいろな問題の解決策を見つけ出すものだということなんです。
私は映画や写真撮影の制作費を、環境産業での仕事を通じて調達していました。しかし、売り込みやプレゼンテーションを行なっている際、ある種の方法を使わなかったために、多くのものを失っていることに気が付きました。そして、私はこれに直感的に惹かれたのですが、視覚的な言語という存在に気がついたのです。つまり、物を空間的に配置し、奥行きを生かすのです。私はサンフランシスコ州立大学のマルチメディア研究プログラムで、2つのクラスを受け持つようになりました。1995年のことです。おもしろい時期でした。というのも、誰もWebに手を出そうとしなかったからなんです。はっきりいってWebは使い捨てだったし、制約もかなりありました。なにもかも不細工で醜く、デザインすることなんて、まるで考えられていませんでした。
正規のデザイン教育は、Webデザイナーにとって有益だとお考えですか?
Webの草創期には、人はツールさえ使えれば、それでデザイナーになれました。しかし今では、みながユーザインターフェースやデザインのスキルを求めています。私自身も、フロッグ社の制作ディレクターとしては、そうした資格や実績を持つ人材を求めています。でも、ちょっと皮肉ですよね、私は、そうした意味では正規の道を歩んで来たわけではないんですから。
これをどう表現していいのか、少し考えさせてください。こんなことを言ったなんて、後で後悔しないように・・・。基本的に、私が言いたいのは、排他性は嫌いだということです。誰かにあるアイデアがあって、彼らがそれ(アイデア)を伝えようとしていれば、私は彼らを励ますでしょう。その前に越えなければならない境界やハードルがあるなどという話にエネルギーを使いたくありません。誰かと10分も話していれば、その人に何か言いたいことがあるかどうかはわかるし、その人にエネルギーがありさえすれば、それがモチベーションになって、必要なものはなんでも学べるはずなんです。
では、あなたのクラスでデザインを受講しているのはどんな人たちなんですか?
みんな実にさまざまな経歴の持ち主です。会計士もいれば、映画制作者もいるし、ライターもいます。またデザイン・スクールの出身者もいます。これこそ、この産業の強みになっている点です。すなわち多様性です。たった1つのデザインスタイルだけを標榜することはしません。この分野ではロードマップをたどる必要もないし、先導して立つようなグループもいませんから。この分野にやって来る人々(を受け入れること)に対し、またこの分野をアイデアで満たすことに関して、私たちはもっと前向きに考えるべきだと思います。
デザイナーには持っていなければならない一定のスキルや、経験しておくべきことがあるとお考えですか?
デジタル・デザイナーを志している18歳の人間に話しているのだったら、大学に入って、人文系や科学の課程でもなんでもいいから勉強して、一般教養を身につけるようにすすめます。というのも、それが物事を解決するにあたって、人の考え方の器を広げてくれるものですから。
ただし、デザイン系の出身者の作品には見られて、そうでない人々の作品には見られない、訓練の成果があるのはたしかです。そして、私がデザインの素養があると言う場合、それが美術系の学校で資格や学位をとったか、独学なのかは関係ないんです。それでも、やはり、タイポグラフィーを勉強してきた人やグリッド構造の操り方を勉強してきた人、さらには、コンピュータの前に座って画像を入力し、文字をレイアウトする前にコンセプトを考え出すことを知っている人たちの違いは一見して明らかにわかります。
ユーザビリテイ(使いやすさ、可用性)について。あなたは学生にどう教えているんですか?
私は、どんなページについても、ユーザーがどこにいて、そこで何ができて、そこからどこへ行けるのがわかるようにすべきだと話すようにしています。そして、たいへんに幅広い多様な作品を紹介するようにしています。受講者には、彼らのデザインについて明確な指示を出すよりは、筋道を与えるように指導しています。
現在の実習は、過剰に合理化されており、タスク分析にあまりにこだわりすぎていて、感情移入が十分ではありません。Webデザインは今、実際には別のポイントに移ってしまったと私は思っています。ユーザビリティは、以前には人気のテーマでしたが、今ではすたれようとしています。みんながコンピュータに慣れつつあるからなんです。「うちのWebサイトは、ユーザビリティのスタンダードを満たしていない」という問題には、急に関心がなくなってしまったんです。今の関心は「いかに動きやユーザ・インタラクティビティを伴ったクールなユーザー経験を生み出すことができるか」なのです。