本来、“デザイン” することと“設計すること” は、相反する作業である。デザインでは自由な発想が重要視され、設計では量産を考慮した緻密な計算が求められるからだ。インダストリアルの世界では常にそのせめぎ合いの中で、より良い製品を作ろうと日々戦いが繰り広げられている。カシオ計算機株式会社では、相反する作業の仲介役として、Illustratorを活用することでワークフローの向上へと役立てている。
カシオの“G-SHOCK” と言えば、今や世界中で認められた有名ウォッチブランドのひとつだ。耐衝撃構造に最先端の機能とデザインを取り入れたことで、アスリートや冒険家、ミリタリーなど過酷な条件下での活動を前提とする人たちに指示され広まった。やがてその波は一般ユーザーにも伝播し、ファッションの一部として認識されるようになると、世界的なムーブメント へと発展していく。
発売から25年を経た今もなお、多くのユーザーに愛用され、数多くのG-SHOCKが世界中のあらゆる地域で活躍 しているはずだ。その流行の最先端を担うデザインツールとして、Adobe Illustratorが活躍しているという。今回のユーザー事例では、カシオ計算機株式会社を訪れ、G-SHOCK のデザインワークフローに、Adobe Illustratorがどのように活用されているのかを伺った。
カシオ計算機株式会社
日本を代表する電子機器メーカー。電卓やデジタルカメラ、電子辞書、携帯電話など、身近な電子機器を低価格で提供することで、日本のみならず世界のユーザーから支持されている。

発想を具現化するツールとしてのIllustrator
東京都羽村市。都心から電車で1時間離れた郊外にカシオ計算機株式会社の羽村市技術センターがあった。都会の喧騒から遠く離れたこの地から、技術の粋を集めた最新のテクノロジーが発信されている。G-SHOCKには、用途やユーザー層に応じて様々なモデルが存在するが、そのほとんどは羽村市にあるデザインセンターで作られているのだそうだ。
今回はG-SHOCKの製品デザインを担当する、カシオデザインセンターの方たちにお話を伺った。デザイナーの一人、正林盛次氏は入社以来、10年以上もG-SHOCKの製品開発に携わってきたベテランデザイナーだ。その正林氏が、昨年発売されたばかりのモデル“RISEMAN” を例にG-SHOCKのデザインワークフローを 簡単に説明してくれた。
「まず、開発チームから基本的な製品仕様が渡されます。RISEMANの場合、高度や気圧、温度を測定できるセンサーと世界6局の標準電波を受信できるマルチバンド6の機能を内蔵することがセールスポイントでしたので、この機能を必要とするユーザー層などを考慮しながらスケッチを作成するところから始めます。」
ここで正林氏が見せてくれたスケッチブックには、鉛筆で走り書きされたいくつものラフデザインがあった。このラフスケッチの中から、自身が気に入ったものを3パターンほど選び、Illustratorで製品イメージを作り上げていく。
「Illustratorを使いながらラフデザインで曖昧だった部分を仕上げつつ、全体のイメージを固めていきます。 リューズ部分やベルトデザインなど、ある程度パターンの決まっているものは、過去のIllustratorデータから流用することもありますが、基本的にG-SHOCKはモデルごとに個性が大きく異なるので、プロジェクトごとに描き起こしています。」と正林氏は語る。
製品イメージがよりリアルに伝わるよう、Illustratorでの描写は写真と見まごうばかりのリアルさで描かれ ている。革製のベルトを使用する場合には、実際に革をスキャンすることもあるというこだわりようだ。
こうして、Illustratorによって、リアルに描かれた製品イメージを元にコンセプトシートを作成したのち企画会議にかけられて製品化されるデザインが決定される。実際にRISEMANでは、ジェット戦闘機のエアインジェクターをモチーフとしたデザインで機能性をアピールし、登山家など高度計を必要とするユーザーを念頭においたコンセプトシートが作成された。
IllustratorからCAD へのデータコンバート
デザインの決定後、デザイナーが作成したコンセプトシートを元に正確な図面を作成する作業にまわされる。製品の図面はCADを利用して描かれるが、カシオではデザイナーが作成したIllustratorデータを流用している。もちろん、そのままの状態ではIllustratorのデータをCADへ読み込ませることはできない。そこで活躍するのがデータコンバートをおこなうIllustrator専用のプラグインだ。株式会社ベビーユニバースが開発した“EXDXF-Pro2”は、IllustratorのデータをCADが読み込むことのできるDXF形式に書き出したり、DXF形式のファイルをIllustratorに読み込こませることを目的としたプラグインだ。このプラグインを利用することで、CAD上で新たに平面図を描き起こす手間が省け、作業工程の短縮が可能となった。また、デザイナーが作成したイメージをCAD上でも忠実に再現できるのも大きなメリットだ。
「文字盤のデザインにはマックにあるフォントを利用しているので、Illustratorのデータがそのまま利用できるのはデザイナーにとって大きなメリットですね。」
時計表面の数字などが書かれている文字盤のデザインは、Illustratorのデータのまま印刷会社へまわされ、プリントされた状態で工場へと送られる仕組みだ。こうして作られたCADの図面を元におよそ2週間ほどで試作品が完成する。

EXDXF-Pro2を介してIllustratorからCADアプリケーションへコンバートされ、数値が加えられたデザインデータ。ここからさらに三面図が作成される

スケッチブックに描いたラフスケッチをもとにIllustratorで描き起こした一番最初のデザイン画。実際に製品となったデザインとは大きく異なるが、基本コンセプトはこの時点でほぼ固まっている

デザインセンター 第五デザイン室
佐山貴彦氏
