オンライン授業の指導方法
資料作成から授業の進め方まで
授業のオンライン化が急速に進み始めた今、限られた予算と時間の中、手探りで授業を実施している先生方も少なくないでしょう。
オンライン授業を円滑に実施するにはどうすればよいのでしょうか? 話しや表情のポイント、資料作成のコツについて、15年にわたってオンライン授業を行っているデジタルハリウッド大学の栗谷幸助准教授にお話を伺いました。
【目次】
1.1 オンデマンド型(録画配信型)
1.2 ライブ配信型
2.2 動画授業=「手抜き」ではない
3.2 授業動画は4パターンに分けられる
オンデマンド型(録画配信型)授業とは、先生があらかじめ作成した動画を学生が視聴する形式の授業です。基本的な知識を繰り返し・漏れなく学ぶのに適しており、学生それぞれに合った時間やスタイルで学べるのが魅力です。
メリット:
・日中や夜間など、学生が好きな時間に視聴できる
・早送りや巻き戻しができるため、自分のペースで視聴できる
・繰り返し観ることができるので、知識の定着度が上がる
・先生は、基礎知識のレクチャーを動画に任せることで、進度が遅れがち/理解が早く退屈しがちな学生への個別対応がしやすくなる
デメリット:
・動画の編集に時間がかかり、先生の負担が増える
・先生が学生の表情を見られないため、授業改善のサイクルを回しにくい
・参加者間の連帯意識が生まれにくいため、モチベーションのケアが必要な学生(低年齢層や大学の新入生など)には別途対応が必要「オンデマンド型の魅力は、基礎知識を教えるステップを動画に任せることで、先生が学生のサポートに集中できることです。
ただし、学びのモチベーションが確立していない新入生などにとっては、同級生や先生との交流も同じく大切です。こうした見えないニーズには別途ケアが必要でしょう」(栗谷先生)
1.2 ライブ配信型
ライブ配信型授業とは、受講者に向け、先生がリアルタイムに映像を配信する形式です。ディスカッションやグループワークに適したスタイルで、一部のオンライン会議ツールには参加者をグループ分けする機能が備わっており、栗谷先生もよく活用しているそうです。
メリット:
・対面授業と同じスケジュールで学べるので、学習リズムを整えやすい
・学生同士が顔を合わせることができ、一体感が生まれやすい
・学生同士で、対等な議論を行う雰囲気が作りやすい
・先生は、動画の編集作業が不要になる
デメリット:
・参加人数が多い授業では、受け身の学生が出てくる可能性もある
・コメントを拾うなど、学生とインタラクション(相互交流)する工夫が必要
・長時間の視聴になると、受講者の負担が大きい
「ライブ配信でディスカッションをすると、円座する感覚というのか、全員が対等に議論できる雰囲気が生まれやすいんです。とはいえ大人数になると、上級生や積極的な学生に発言を任せて受け身になってしまう学生が出てくるので、私の授業では学生がカジュアルにリアクションを取りやすいよう工夫しています。具体的には、『Yesなら1、Noなら2と書き込んでね』とこまめに声をかけるなどですね」(栗谷先生)
1.3 2つのタイプを組み合わせた「ハイブリッド型」
「オンデマンド型」「ライブ配信型」の2タイプを紹介しましたが、最近は目的に応じてこの2つを組み合わせる「ハイブリッド型」の授業も多くなっています。2つを組み合わせることで、オンデマンド配信の「漏れなく・繰り返し学べる」メリットを活用できる一方、「参加者のモチベーションが高めにくい」デメリットを軽減できるのです。
オンライン授業歴15年の栗谷先生は、さらに踏み込んだ「ハイブリッド型」を活用されているそう。
「たとえば基礎知識を自宅で学習し、授業では応用問題やスキル実践に取り組む『反転学習』も広義のハイブリッド型ですし、私が2013年から取り組んでいる『ブレンデッド・ラーニング』(授業の一部にオンデマンド教材を取り入れる学習スタイル)もハイブリッド型と言えます。今後、オンライン授業が浸透し、先生・学生双方のICTリテラシーが高まれば、さらに多様なハイブリッド型授業が生まれるでしょう」(栗谷先生)
Afterコロナの世界には、学習者のニーズに合わせて多様な学び方を選べる時代がやってくるのかもしれません。
2. オンライン授業を円滑に行うには
上手に活用すれば学習効率を高めてくれる一方で、受動的に「流し見」する学生も出てきがちなオンライン授業。少しでも学生の没入度を高め、学習効率を上げるにはどのような工夫をすればよいでしょうか。
オンライン授業における話し方や表情といった立ち振る舞いと、時間配分のポイントを先生に伺いました。
2.1 基本は普段通り、でも表情は大きめに
栗谷先生によると、オンライン授業に慣れていない先生はゆっくり・丁寧に話そうと意識すると言います。しかし、ときにはそれが逆効果になってしまうケースもあるそう。
「丁寧に話しすぎると学生は眠くなってしまいます。分からないところは巻き戻してもらえばよいので、いつも通りのスピードで話しても問題ありません。私は事前録画した授業でも言い間違いやソフトウェアの操作ミスを編集でカットせず、あえて残すことも。そのほうが動画に『ライブ感』が出て学生の意識を惹きつけやすいんです」(栗谷先生)
加えて、意識したいのは「笑顔」。
「普段は学生の表情や反応を見ながら授業を行いますが、オンライン授業では目の前に学生がいないので表情が硬くなりやすい。オンライン授業での表情づくりはオーバーなくらいでちょうどよいと思います」(栗谷先生)
基本は「普段通り」を意識しつつ、リアクションは大きめに。慣れないうちは難しいですが、画面の向こうにはいつもと変わらず学生がいると考え肩の力を抜いて臨むのがよさそうです。
2.2 動画授業=「手抜き」ではない
オンライン授業をメインに受講している学生がよく口にするのが「疲れる」という声です。ほどよく注意が分散する対面授業と違い、オンライン授業ではタブレットやパソコンの画面を長時間注視することになります。緊張状態が長くなり、授業が終わるとどっと疲れが押し寄せるのです。
「緊張感を保ち続けるのは先生・学生双方にとって負担です。お互いが顔出しをするライブ配信型ではなおさら疲れてしまうでしょう。ライブ型の授業は、思い切って半分くらいの授業時間にしてしまってもよいと思います。もしくは前半をオンデマンド型にするなど、過度な負荷がかからないよう配慮するのが大切です」(栗谷先生)
栗谷先生いわく、現場の先生には「授業料をもらっているのだから、時間をフルに使って授業をしなければ」と考える方が多いそう。そのうえ、学生と顔を合わせることのないオンデマンド型の教材を”手抜き”と感じ、罪悪感を持つ先生も少なくないと言います。
「これからの時代、先生の役割は『知識の伝達』から『学生の意欲を引き出すファシリテーター』へと移り変わっていきます。オンデマンド教材を取り入れることで、学生と向き合う時間を増やすのだとポジティブに考えてみてください」(栗谷先生)
3. オンライン授業で使用する資料のポイント
続いて、オンライン授業で使用する資料作成のポイントについて学びましょう。
3.1 アナログ/デジタルは学生側に選択権を
まずは気になるアナログ/デジタル資料の使い分けですが、栗谷先生の場合は基本的にすべての資料をデジタルデータで配布しているそう。
「最近は『資料はデータで完結してほしい』と考える学生も多いので、原則としてすべての資料をデジタルデータで作成・配布しています。必要があれば各自で印刷し、アナログ(紙)資料にしてもらえばよいという考え方です。他にも、資料はタブレットで表示させ、作業はパソコンで行う、という学生もいます。それぞれの好みに任せるのがベストではないでしょうか」(栗谷先生)
アナログ/デジタルのどちらが適しているかは、受講者の年齢や学習内容によっても変わります。資料はあくまで学習の「手段」。先生側から押し付けるのではなく、各々に合ったスタイルを手元で選択してもらうのがベターなのかもしれません。
3.2 授業動画は4パターンに分けられる
次にオンデマンド型動画教材の作成方法ですが、栗谷先生によると、動画の作成に手間をかければかけるほど受講者の没入度は上がっていき、その度合に応じて4つのパターンがあるとのこと。具体的には以下の通りです。
・教室での講義をそのまま撮影する動画
手間・没入度:★☆☆☆(比較的手軽に作成できるが、学生の興味を惹きづらいかも)
作成にもっとも手間がかからないタイプです。教室の後部や教卓付近にカメラを設置し、普段通りの授業を収録して作成します。特別な技術や編集が不要なため、ICT機器に苦手意識のある先生でも取り組みやすい方法ですが、どうしても単調な動画になってしまうのがデメリット。内容によっては学生の注意を充分に惹きつけられないかもしれません。授業を欠席した学生や、あとから授業を見返したくなった学生への補講として取り入れるとよいでしょう。
・スライドや操作画面にナレーションをつけた、静的な動画
手間・没入度:★★☆☆(やや手軽に作成できる。学生の没入度はそれなり)
編集の必要はあるものの、比較的簡単に作成できる方法です。教壇に立つ先生の姿は撮影せず、授業の内容をまとめたスライドショーと先生のナレーション(音声のみ)を録画し、教材とするパターンです。授業をそのまま録画するよりは手間がかかりますが、パソコンにあらかじめインストールされている各種ツールでも作成できるため、あまり費用をかけずに編集できます。
主なメリットは、授業風景をそのまま録画した教材と比べてスライド(資料)が見やすく、かつ先生の声が聞き取りやすくなること。動画サイトを視聴する感覚に近いため、学生が違和感なく授業に臨めるのもポイントです。
ただし、慣れていない先生だとやはり授業が単調になりがちなデメリットも。音声だけで盛り上げる必要があるため、先生によってはプレッシャーを感じることもあるかも知れません。
・手書き動作など、動きを伴う動画
手間・没入度:★★★☆(やや作成に時間がかかるが、学生の没入度は上がる)
先生がデジタル黒板にペンで書き込んだり、プログラムのコードを打ち込んだりしながら授業を行うタイプです。上で紹介した「スライド中心の授業」と似たスタイルですが、画面上に動きがあることでライブ授業のような感覚を与えられるのがポイントです。
先生のペンが動いたり、コードが徐々に書かれていったり、と画面に動きがあるため、学生の集中力を保ちやすいのがメリットです。栗谷先生曰く、スライド中心の静的な動画に慣れてきたらぜひチャレンジしてほしいとのこと。「たとえば私は、文章の一部を空白にしておいて、答えをペンで書き込みながら説明しています。ちょっと動きがあるだけでも学生の注目度は格段に上がります」(栗谷先生)
・画面の一部に先生が表示されている動画
手間・没入度:★★★★(かなりのスキルを要するが、対面以上の価値を生み出せるかも)
もっとも手間がかかる代わりに、授業への没入度も抜群なのがこのタイプ。授業のスライドを表示し、そこに先生の姿をクロマキー合成する方法などを用いることで、先生を画面上に映し出しながら授業を進める方法です。
まさに次世代の授業スタイル! なインパクトはもちろん、先生のジェスチャーや表情を見ながら授業を受けられるため、単調になりにくいのがこのスタイル。先生をひとり占めしているような感覚で受講でき、対面授業以上に濃密な印象を残すことも可能です。
その分スキルと手間が必要になるのがネックですが、わざわざ合成技術を使わなくても、「オンライン会議ツール」を使えば似たような動画を簡単に作成できるそう。
気になるその方法とは、オンライン会議ツールの「画面共有」と「録画」機能を使うもの。「画面共有」機能とは発言者の手元のウィンドウ(画面)を他の参加者に見せる機能で、会議中に自分のPCの画面上に表示した参考資料を皆に見てもらうために使われます。
ポイントは、「画面共有」中の発言者(先生)の姿は、小さなウィンドウとなって参考資料を表示した画面の端に表示される、ということ。この特徴を利用して、授業のスライドを「画面共有」で映し出しながら授業をすれば、バラエティ番組の「ワイプ」のように、「スライドの一部に先生の姿が表示されている」状態になるわけです。
「オンライン会議ツールにはミーティングを録画する機能が備わっています。先生がひとりでミーティングルームを作成し、『画面共有』をしながら授業をする姿を録画しておくだけで、ライブ感のある授業動画が簡単に作成できます」(栗谷先生)
現場の先生の中には「後期の授業もできればオンラインで」と言われ、「このやり方でよいのだろうか」と不安なままオンライン授業を実施されている方も多いでしょう。初めから完璧な動画を作ろうと気負いすぎず、便利なツールを活用しながらストレスの少ない授業方法を模索してみてはいかがでしょうか。
4. 栗谷先生も愛用!Adobe Sparkの魅力とは
オンライン授業を実施する先生方からよく聞かれる「資料が単調になりがち」という悩み。紙に印刷する資料は、コストの関係からテキスト中心の白黒印刷が主流です。一方でデジタル資料はデザインもカラーも自由自在。デザインがこちらに委ねられているからこそ「なんだかしっくりこない」「手間をかけた割に見やすくない」とモヤモヤする方が多いのです。
そんな方におすすめしたいのが「Adobe Spark」。グラフィックはもちろん、Webページやショートビデオが簡単に作れるデザインツールです。栗谷先生はこう話します。
「Sparkの魅力はなんといっても使いやすさ。私は高校生向けの授業で使うことが多いのですが、10分〜15分ほど説明するだけですぐに制作に入れます。用意されているテンプレートも優秀で『デザインの4原則』がしっかりと守られている。デザインの知識がない方でも見やすい資料が簡単に作れると思いますよ」(栗谷先生)
Adobe SparkはWebブラウザとモバイルアプリ(iOS/Android*)で利用できます。「高校生でもスマホさえあればササっとデザインが作成できる」そうですので、ぜひ気軽に触れてみてください。
*Spark Page、Spark VideoはiOSのみ
5.授業のオンライン化で新しい教育が始まる
新型コロナウイルスは学校での学びのスタイルを大きく変えようとしています。過渡期である今は負担を感じる先生方も少なくないでしょう。しかし、オンライン授業の特徴を正しく知って使いこなせば、学生は自分のペースで確かな知識を身につけることができます。
魅力的な授業づくりには、オンラインに最適化した資料作成が必須。デジタル時代の教育シーンに”一段上”のデザインツールを取り入れてみませんか。
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取材協力:栗谷幸助先生
デジタルハリウッド大学 デジタルハリウッド大学院 准教授。デジタルハリウッド専任講師。NPO法人 iTeachers Academy理事。著書に『デジハリ・デザインスクール』シリーズ各種(共著、技術評論社)、『初心者からちゃんとしたプロになるWebデザイン基礎入門』(共著、MdNコーポレーション)などがある。
(執筆:夏野かおる 編集:ノオト)
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