漫画背景の描き方のポイント
イラストや漫画。アニメなどで、メインとなる人物などの背後に描かれた景色や様子のことを背景と呼びます。
背景は、世界観を読者に伝えるために重要な役割を果たします。特に漫画やアニメでは、物語の中で、時間や場所が変化するため、背景によってそうした状況変化を表すことができます。
今回は、漫画を例にした背景の描き方、パースとは何か、建物、地面、植物、雨、空など自然背景を描くための方法などについて解説します。
『コミック版世界の伝記39 レントゲン』(漫画:フカキ ショウコ/監修:岡田晴恵/発行:ポプラ社)より
目次
漫画における背景の役割
漫画における背景は、描かれている場面の状況を表します。
場所、時間、季節、天気などを表す
屋内か屋外か、街か山か海かといった場所の情報に加えて、日中なのか夜中なのかという大まかな時間を表したり、満開の桜や落葉する木々を描くことで季節を表したり、曇りや雨といった天気を表したりすることができます。
時代、国、世界観を表す
現代とは異なる時代や、世界中のさまざまな国を表すこともできますし、未来や地球以外の星といったSFの世界やファンタジーの世界を表現することも可能です。背景は、物語の世界観をビジュアルでわかりやすく読者に伝える役割を果たします。
背景の場所と時間も同時に設定する
背景にまつわる場所と時間の設定は、キャラクター設定や物語づくりと組み合わせて進めておくとよいでしょう。
特に、漫画やアニメなどで連載やシリーズなど制作が長期間にわたる場合は、自宅や学校、アルバイト先など頻繁に登場する場所については、外観とともに内部の間取りなどの図面を引いて詳細な設定をつくっておきます。
東西南北も決めておくと、同じ窓から朝日も夕日も見えてしまうようなミスを防ぐことができます。
室内であれば家具や照明の位置なども含めた間取りをしっかり決めておくと、いろいろなアングルで部屋を描くことができるため、多彩な画面づくりにも役立ちます。
背景が必要な場合と、背景が不要な場合
漫画において重要な役割を果たす背景ですが、必ずしもすべてのコマに背景が不可欠というわけではありません。どんな場合に背景を入れるべきなのか、実際の漫画の誌面を例に解説します。
今回取り上げるのは、第1回のノーベル賞を受賞した物理学者、レントゲンの子ども向け伝記漫画です。舞台となるのは19世紀半ばから20世紀はじめにかけての、ドイツ、オランダ、スイスなどの国々です。
レントゲンが生まれたドイツ(当時はプロイセン)のレンネップにある家や引っ越し先のオランダの家、レントゲンが通ったスイスの学校、教授として赴任したドイツの大学など、レントゲンの足跡に沿って転々と移り変わる場面を伝えるのは、建物や街並みを描いた背景です。
漫画では場面の変化をわかりやすくするために、場所が移った最初のコマで街並みや建物などを描き状況説明をするという手法をよく使います。
左はレントゲンが学んだスイスのポリテクニウム(後の工科大学)の物理学実験室、右はドイツのビュルツブルク大学の物理学実験室の場面が描かれています。
どちらも、最初のコマで建物の外観を描き、続いて実験室内にいるレントゲンとその恩師であるクント教授の様子を描いています。
左図の3コマ目以降のように、コマに余白が少ない場合は、背景を描くとコマの中の情報量が多くなりすぎ、セリフが読みづらくなったり、人物の表情が目立たなくなったりするため、3~5コマ目の背景はほぼ白いままです。
そして、6コマ目は教授から思いがけない誘いを受けて、驚くレントゲンの心象を表すベタフラッシュが背景代わりに入っています。
右図では赴任した先の実験室設備がボロボロであったことを示すために、2コマ目で実験室内の様子を画面の中心に描いています。
物理学の実験道具は一般になじみがなく実験道具が壊れた様子だけでは状況が伝わりづらいため、ヒビの入った壁などでも状況を伝えています。こちらの3コマ目はがっかりしている2人の心象を表す、グラデーションの縦線がコマ全体に入っています。
上図はノーベル賞の授賞式の様子を描いたページです。ページ内のコマはすべて第1回の授賞式が行われたスウェーデン王立音楽アカデミーの大ホールを描いています。
授賞式の荘厳さや華々しさを表現するため、象徴的なシャンデリアをはじめ、正装に身を包んだ出席者などを描いています。
会場の全景や部分のアップ、別アングルでの壇上の姿など、同じ場面でも描く部分やアングルを変えることで、ページ全体で、レントゲンの人生の大きな山場となる授賞式を盛り上げる役割を果たしています(こうした伝記漫画では、背景を描くために、舞台になる大学や実験室などをはじめ、当時の街の風景など、可能な限り多くの写真や図版といった資料を集めます)。
背景を描くのに役立つパースとは
背景を描く際に役立つのが「パース」です。パースとは、英語のperspective(パースペクティブ)の略で、遠近感や遠近図法という意味です。漫画制作においては、パースを使って正しい比率で近いものを大きく遠いものを小さく描くと、リアリティのある背景を描くことができます。
パース線とは
この距離による大きさの変化のガイドラインになるものがパース線です。パース線は、消失点と呼ばれる点に集約される放射状の線で示します。
パース(透視図法)の技法の種類
パースの技法の分類にはいくつかのパターンがありますが、消失点をいくつ設定するかによる分類では3種類に分かれています。
一点透視図法
消失点が1つの「一点透視図法」は、廊下など奥行きのある画面に利用します。
二点透視図法
消失点が2つの「二点透視図法」は、曲がり角など斜め横から見たものの立体感のある画面に利用します。
三点透視図法
消失点が3つの「三点透視図法」は、二点透視に加えて建物を斜め上から見たり下から見上げたりして高さのある画面を、それぞれ表現します。
消失点は視線の高さ(アイレベル)と同一線上にする
消失点は、地面を基準とした観測者の視線の高さ(アイレベル)と同一線上にあります。パースをきちんととることで、背景だけでなく、画面内の人物も自然な位置に配置することができます。
パース線の引き方
アナログ、デジタルで変わるパース線の引き方を紹介します。
アナログなら定規でパース線を引く
紙とペンを使って、アナログで背景を描く場合は、パースを取るために定規を使って黄色やうす青といった印刷に出にくい色の鉛筆でパース線を引き、それを基準にして背景の建物を描きます。
二点透視図法や三点透視図法の場合は、消失点が画面外にある場合が多いため画面の外に紙を足して消失点までの直線を引いたり、パース定規と呼ばれる専用の定規を使ってパース線を引いたりする必要があります。
また、トレース台に重ねて使うパース線のガイドラインが入った透明シートなどを使う場合もあります。
デジタルなら機能を利用してパース線を引く
デジタルで背景を描く場合は、画像ソフトの機能などを使って、簡単にパース線を引くことができます。
使用するソフトの機能により、作業手順はさまざまですが、Photoshopであればパスツールを使ったり、並行に引いた多数の線を「自由変形」で変形させたりしてパース線を引くことができます。
パース線でガイドラインを描いたレイヤーを作っておくことで、同様の背景を描く際に繰り返し利用することができます。
パースは、リアリティのある画面づくりに役立ちます。ただ、すべての背景に必ずしもパースが必要なわけではありません。絵柄や作風によっては、背景をシンプルに処理したり、デフォルメをしたりした方が、印象的な画面がつくれる場合もあります。
たとえば、夢の中の世界や心象風景のようにリアリティが薄い場面を描きたい場合や、遠近感をつけないことで日本画のような平面的な画面づくりをしたい場合など、あえてパースをとらない背景の描き方もあります。
自然背景の描き方
実際に、自然物を中心にした背景を描いてみましょう。
背景を描く場合は、パースを使って全体の構図やバランスを取るとともに、パースでとったガイドラインに合わせて、手前にある物から遠くにある物までを配置していきます。
建物など人工物の描き方
建物などの人工物は、パースを使って、ある程度正しい比率で遠近感を表現する方がよいですが、広々とした草原などが背景の場合は、正確にパースをとらなくても、地面に生える草などを手前は大きく精密に描き込み、奥の方は小さくシンプルに描くことで、遠近感を出すことができます。
また、手前を濃く、遠くを薄く描くことでも遠近感は出せます。カラーであれば色の濃淡、モノクロであれば網点の濃度で差をつけてみましょう。ほかにも、手前のものを描く場合は太いペンで、遠くにあるものを描く場合は細いペンを使うのも、遠近感を表す方法のひとつです。
地面の描き方
地面を描く場合は、パースのアイレベルと地面の消失点(水平線)は同一線上にあるため、アイレベルに合わせた位置に線を引きます。
岩や木、建物などによって消失点が遮られている場合も、その奥にある地面の線を基準として、それよりも下に地面、上に遠景や空などを描いていきます。
地面の線は、コンクリートなどの人工物の地面であれば直線になる場合もありますが、土など自然物であれば細かく不規則な凹凸があるため、手描きや手描きのようなタッチがつけられるブラシなどを利用して線を引きましょう。
芝生など短い草が地面を覆っている場合は、すべて描き込んでしまうと画面が煩雑になってしまうため、画面の手前部分のみ芝草らしく描いておき、そのほかは簡略化した線を点在させておいたり、トーンで芝生を表したりします。
草や樹木など植物の描き方
草や樹木などの植物は、実際の植物の写真などを見て描くと細かい部分まで正しく描くことができます。ただ、実物に準じた植物を描く際に気をつけたいのが、季節や地質などの生育条件とのミスマッチです。
自然の風景を描いているのに、さまざまな季節の花が揃って咲いていたり、湿地の植物と砂漠の植物が混在して生えていたりすると、リアルに描いた植物のせいでリアリティが失われてしまいます。
写真などを参考にする場合は、個別の植物の写真をいくつも集めるよりは、風景写真など生え方も含めて参考にできるものを選ぶと間違いが少なくなります。
もちろん、その場に生える植物も含めてきちんと考えて設定し、世界観を徹底的につくりこんだ自然の背景を描くこともよい勉強になります。
逆に、「単に草木のあるような場所にいるということが伝わればよい」という場合は、草花や木は記号的な役割と考え、「草は曲線で株ごとに放射状に生える」、木であれば「広葉樹は凸凹した幹に葉の部分は丸みのあるシルエット、針葉樹はややまっすぐな幹に葉の部分は三角に近いシルエット」というような大まかなルールにのみ則って描いても構いません。
簡単な草や葉などのパターンはブラシによって作成することもできます。そのコマや絵の中で、背景によって伝えたい情報の量や内容によって、必要な精度や描き込みも変化するのです。
太陽や雨など空の描き方
場面が屋外の場合、背景に空を描く頻度は非常に高くなります。天気などを特に細かく描く必要なない場合は、網点トーンのところどころに白いぼかしをいれて、雲が浮かんだ青空を表現すると、簡単に空らしさが伝わります。
天気のよさを強調して空を描く場合は、太陽の強い光を描くほか、丸い雲ではなく高度の高い位置にあるうすい筋雲を少しだけ入れるとよいでしょう。雨や曇天の空を描く場合は、雲が低く暗く立ちこめます。雨の描き方はいろいろなパターンがあります。
黒や白、グレーなどで、細い線や一部途切れた線、破線、雨粒まじりの線など、雨の降る強さなどによって、表現方法を工夫してみましょう。
直接雨を描くだけでなく、階段や坂にあふれた水の流れや軒先から滴る水滴、建物に当たり跳ね返る雫など、雨によって変化する周辺の様子を描写してもよいでしょう。
同じ情景でも、背景の描き方によって、読者が受ける印象は変わります。パースを始めとした絵を描く技術そのものを向上させることで、思い通りの背景を描けるようになります。
それと同時に、そのイラストや漫画のコマひとつひとつに対して、読者の関心をどこに一番集中させたいのか、どんな情報を読み取ってほしいのかを考えると、より的確な背景を入れられるようになるでしょう。
自然な水面、水しぶきの描き方
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